愛の標識

これが多分 運命だったんだよ

不確かな未来を信じるということ—Jr.担にはなれない。

 

担当について最近考えることが多かったので、その繋がりで思ったことを勢いに任せて書きとどめておく。

林翔太くんが好きだし、真田くんのことも昔からなんとなく見守ってきたし、少クラで新しいJr.の子を発掘するのも好きな私ですが、Jr.担にはなれないなぁと思っています。

 

それは、まだデビュー前の子を担当にするということには「突然の別れ」という恐怖が付きまとうから。

ジャニーズ事務所には正式な退所発表というのがないし、某アイドルグループのように卒業が発表されて卒業公演があって...というように心の準備ができるわけではないので、その日は突然やってくる。

 

 

それって怖くないですか?

わたしはとても怖いです。

 

 

自分が担当だと決めた、その「特別な人」がある日突然いなくなってしまう。いつもいたはずなのに全く見かけなくなる。

正式な発表があるわけでもないから真実が見えない。確認のしようがないから途方に暮れる。想像しただけで暗く悲しい気持ちになってしまうのです...

 

それは、わたしが担当について重く捉えすぎているからということがかなり関係しているとは思うのですが。

 

Jr.担になるということは、不確かな未来を信じるということだと思う。それにはとても強い気持ちと心が必要な気がして。

デビュー組であれば、本人がよっぽど不祥事を起こしたり辞めたいと思わない限りは、少なからず数年は活動が保証される。もちろんデビューしたって人気がなければ衰退していくし活動だって減るだろうけれど、それでもまだ安心できる...。

わたしは自分が傷つくのがとても怖いし、傷つくことが大嫌いな人間なので、その可能性があるというだけでかなり尻込みしてしまう。だから私はJr.担にはなれない。

 

 

だけど、その不確かな未来を信じた先にデビューがあるのならそれほどドラマティックなことはない。

そう思うと、Jr.担の方々は担当と共にその不確かな未来を確かなものにするために歩んでいるんだなって。それはデビュー組では決して味わえない美しさを含んでいると思うのです。